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新卒で台湾に飛び込み、CHOになった私の5年7ヶ月。

チームが崩壊して、初めてみんなの幸せを考えた。

新卒で草創期のアカツキ台湾へ飛び込んだ橋本佳奈さん。
人事としてスタートし、組織・文化づくりも担い2019年にはChief Heart Officerに。
この春帰国した橋本さんにインタビューしました。(株式会社アカツキ 社内報 A  Story  2020年4月号より)

新しい環境・挑戦を楽しむベースは、大らかな北海道と両親から

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私の原風景は、小3から中1までの約5年間を過ごした北海道紋別郡遠軽町。オホーツク海をのぞむ田舎町です。2、3年ごとに転校を繰り返していたので、環境がリセットされるのは自分にとっては普通のこと。その度に「新しい友達を作るぞ!」という気持ちでいました。
小学校までは放課後、外国人講師のいる施設に通っていました。この時期に“自分の意見を言葉で伝える”というコミュニケーションの土台が身についたように思います。
こう見えて勉強はコツコツとしていて(笑)、日本と海外の2つの大学の学位を取得できるWディグリーで北海道とアメリカ・サンディエゴの2つの大学を卒業しました。英文学専攻でしたが、副専攻で中国語を学んだり心理学の授業を聴講したり、たくさんバイトもしました。卒業・就職が近づくにつれて、“英語を話せる”以外の自分の価値は何だろうと不安になり、いろんなことに手を出していました。

2度の留学を経て、アカツキ台湾との運命的な出会い・就職へ

大学を卒業した2013年、教授が薦めてくれた台湾への奨学金留学制度に合格して、8月から台湾へ渡りました。
1年間の留学を終え、帰国が迫っていた2014年7月、何気なく参加した日台交流会で出会ったのがアカツキ台湾CEOの香田さん(株式会社アカツキCOO 香田 哲朗)でした。連絡をもらって軽い気持ちでオフィスへ行ったら、いきなり面接になっちゃって(笑)。オフィスの壁一面にアカツキハートが貼ってあって、それをバックに組織ビジョンなどを生き生きと語ってくれました。台湾進出の理由を「今、行くしかないと思った」と言い切る姿も勢いがあって格好良く、「ここで働いたら楽しいかも」と思ったんです。日本へ帰国したら商社で働こうとなんとなく考えていたのに、「一緒に働かない?」と誘われた時には思わず「はい!」と答えていました。

辛かった東京研修で手に入れたのは、簡単に折れないしなやかさ

2014年7月に入社後、1ヶ月間アルバイトとして働き、2ヶ月間は東京研修へ。私のこれまでの人生で一番辛い時期になりました。
当初は香田さんの秘書をする予定でしたが急遽、採用へ配属されることに。東京で研修を受けました。前半は、(当時アカツキ社員の)吉澤さんの部署で社内施策について勉強しました。トレーナーの速水さんとは、バチバチとぶつかっていました。夜中に目黒川沿いを泣きながら帰り、起きたら資料を作って出社。いつも睡眠不足でした。それまでの人生では優等生的な存在だったのに、“自分の価値ゼロ”とさえ感じて落ち込む日々でした。
研修後半は、採用担当の佐竹さんに採用のイロハを叩き込んでもらいました。プロフェッショナル精神にあふれた佐竹さんの熱量の高い指導も、新卒の身には厳しかったです。でも採用面接に同席させてもらったり、人材エージェントとの面談に連れて行ってもらったり「台湾に帰ったら1人で採用のすべてをできる状態」まで育ててもらい、本当にありがたさを実感しました。
あの日々を乗り越えたおかげで、何も怖くなくなりました。台湾で香田さんから無茶振りされても全然平気でしたから(笑)。今振り返ると、東京研修はいい経験だったと心から思えます。

前例がないから燃える!?エンジニア獲得や福利厚生向上に奮励

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台湾へ戻ったのは2014年10月。前任から採用担当を引き継ぎ、翌週には面接をしていました。当初から採用のほとんどを任せてもらったので大変でしたが、裁量が大きく、やりがいや楽しさにつながっていました。
ある時、香田さんがグローバル採用を考え「まずはインドへ!」と提案。数ヶ月後にはインドへ赴いて会社説明会を開きました。インドの採用プロセスはとても複雑で、良い人材は大手企業にどんどん持っていかれてしまう。でも、採用するまで帰れない!と奔走し、優秀なエンジニア2名を採用することができました。採用後も台湾へ来てもらう手続きなど大変なことの連続でしたが、今思い出しても感慨深いですね。
採用に加え、AKB(AKATSUKI KAISHIN(=happyの意)BUDGET)という福利厚生チームを立ち上げ、翌年にはAYI(AKATSUKI YOKUSHIYOU IINKAI=アカツキよくしよう委員会)という、ワークショップや文化を発信するプロジェクトもスタートさせました。熱量が高い台湾のスタッフに助けられながら、それぞれのプロジェクトメンバーを無理のない範囲で巻き込んで“自分たちごと”にしていくことも目指した結果、社内のつながりを強める施策になったと感じています。
スタートアップの段階だったので、いろんなことに挑戦させてもらい、今振り返ってもとても刺激的で充実した毎日だったなぁと思います。

チーム崩壊が、“個の幸せ”を守る大切さに気づくターニングポイントに

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メンバーが増えて人事制度を整えていくフェーズになったため、2017年に人事企画室へ移りました。評価制度や社内研修制度、社内横断プロジェクトなど人事企画としての仕事も展開しながら、広報チームのマネジメントなどもしていました。GM(ゼネラルマネジャー)になったのもこの頃です。
同時に、自分の価値観が大きく変わった時期でもありました。GMになった直後に結婚し、2週間の新婚旅行から帰ったら、チームメンバー4人のうち3人から突如「辞めたい」と言われたんです。まさに、チーム崩壊です。ちょうどいろいろな企画が軌道に乗り始め、やるべきことも増えていたタイミングでした。私はその遂行に必死で、それぞれのメンバーが何を目指してアカツキのこのチームで働いているのか、またプライベートでどんな事情や心情を抱えているのかにまで気を回す余裕がありませんでした。自分の「がんばろう!」という気概をメンバーにも押しつけ過ぎて疲弊させていたんだと思います。また、日本のアカツキ本社のスタンダードを台湾でも厳守すべきだと思い込んでいたところもあり、誰にどんなサポートが必要かという視点や、メンバー個人の幸せをおざなりにしていた結果だと深く反省しました。
それからはマネジメントを懸命に勉強し、“チーム作り”を意識することができるようになりました。例えば以前は「ここだけお願いね」という頼み方をしていましたが、プロジェクトの全体像を伝え、任せたい部分とその理由を説明するようにしました。初期段階からみんなを巻き込んでいく方が「一緒にプロジェクトを回しているんだ」という一体感が生まれると気付いたからです。また、まれに本社から「アカツキ台湾は蚊帳の外」な扱いを受けているのではとモチベーションが下がることがありましたが、早めに情報をオープンにすることでモチベーションを維持し、安心感や自主性を醸成できたと思っています。
プロジェクト遂行だけでなく「キャリアパスよりも“個の幸せ”を大切にするケースもある」という考え方も次第に持てるようになりました。メンバーに「佳奈さんのチームでよかった」と言ってもらえるようになったのも、あの失敗があったからだと思います。

自らCHOに手を挙げ、アカツキ台湾の文化創造を目指す

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アカツキ台湾には、ポテンシャルやマインドセットまで含めて評価・採用するカラフルメンバーと、能力重視で採用するアソシエイトメンバーという2種類の雇用形態がありました。人事企画室を担当して1年が過ぎた頃にそれを一本化したことで、一部メンバーの「社内イベントに出たくない」「アカツキハートなんてウケる」といった発言や否定的な空気が広がり始めました。その意見に全体が引っ張られていくようで危機感を感じていました。そこで、スタートアップの時から一緒にがんばってきたエンジニアリーダーにこれまでの仕事を任せて、私がアカツキの文化を浸透させる役割を担おうと考え、2019年5月、CHO(Chief Heart Officer)に就任しました。
CHOとして新たにCulture and Happinessという部署も作りました。そこでは、日本のアカツキ文化を台湾へつなぎ、さらにアカツキ台湾独自の文化を創るという2軸で企画を実施しました。日本の文化発信チームであるHEARTFULとも連携して、元規さん(CEO 塩田 元規)がアカツキの文化を伝える「Akatsuki Heart講座」を開催したり、日本では中国語講座や社内報でアカツキ台湾の取り組みを紹介も。組織サーベイや評価制度など、日本の制度を台湾にふさわしい形で展開することにも注力しました。ゲーム事業部のエンタメ週次報告の翻訳動画など、日本から台湾へ発信する取り組みでは早くに手応えを感じましたが、その一方で、周年祭の実行員集めなど自分たちが主体となる取り組みではGMの関心が薄く、私たちの部署との温度差を埋めるのに苦労しました。約1ヶ月かけて周年祭の意義や実行委員が費やす工数などについてGMたちと論議。互いが本音でぶつかったことで早期に問題がクリアでき、納得感ある形でまとめ、後任のメンバーに引き継ぐことができました。
試行錯誤しながらも、まだ誰も手をつけていない領域に踏み込み、アカツキ台湾らしい文化(Culture)と幸せ(Happiness)を作ることに夢中になった期間でしたが、1年に満たず、本社に行くという決断をしてしまったので、志半ばで当初描いた状態まで到達できなかった無念さも、実はあります。これからもアカツキとしてのビジョンやミッションを持ちながらも、台湾らしい素直さやお茶目な部分をプラスしていけば、振り返った時そこには、より“アカツキ台湾らしい”文化ができあがっているのだと信じています。

文化の尊重と失敗を恐れない。国境を超え働く中で身につけたこと

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ここでひと息入れて、よく聞かれる語学についてお話します。台湾に住み始めたばかりの頃は中国語がほとんどわからず、ストレスと焦りを感じていました。でも夫の「自分で選んだ世界でしょ」の言葉に、一念発起して必死で学びました。
他国のコミュニケーション上手な人の様子を観察していると、「伝わればいい」くらいハードルは低くていいんだ!と気づきました。とにかく、しゃべることを恐れず、正しい文法よりも「伝えたいことの本質を端的に話すこと」が大事。同時に、ビジネスでは要点を文章で共有するようにしています。多国籍のメンバーが属するアカツキ台湾では、全ての資料を英語と中国語で作成していたので、何事にも時間がかかったし、コミュニケーションの工数も圧倒的に多かったです。でもその経験が、伝えるべきことを適切に抽出して表現するコミュニケーションの訓練になったと思っています。
台湾メンバーとのやりとりでは、ストレートに伝えることを心がけていました。一部の日本企業かもしれませんが、ボスの心にある答えを部下が探す傾向を感じたりします。でも、台湾はもっとオープンです。決まっている・決まっていないの線引きやゴールを明確にすれば、そこへ向かって一直線。そんな合理的な台湾の文化も私には合っていたのかもしれません。

もう一度、学びたい。帰国して再びプレイヤーに。

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2020年、日本へ帰国することを決めました。
理由の一つは、自身も1人のプレイヤーに一度戻りたいと思ったこと。新卒で台湾アカツキに入社して約5年半の間、上司という存在がない期間が長く、自分が決断しなければならないという場面の連続でした。いつしか「誰かの元で学びたい」と思うようになっていました。そこでアカツキ本社で改めて学び、成長したいと考えたのです。
帰国のもう一つの理由は、“事業経験のある人事”になりたいと思ったからです。施策を作る側にいて、さらにCHOになって初めて、仕組みや制度の使いづらさも見えた。事業経験を積んで人事の外からの視点を持ちながら、大好きな人事の仕事に挑戦したいと考えています。
と言いながら、台湾を離れるのには勇気がいりました。アカツキ台湾を誰に任せたらいいのだろう…と考えていたんです。そんな中、日本から赴任してきた田川さんがCEOになり、私たち台湾メンバーが信頼を寄せるようになったことも背中を押してくれました。アカツキ台湾は現在6年目を迎え、信頼できるGM陣と田川CEOの元で再構築と挑戦の年になると思っています。台湾では、アカツキはすでに日本資本企業の中でも、勢いがあり優秀な人がそろうゲーム会社として認知されていますが、今後よりアカツキ台湾の強みを作っていくことになると思うので楽しみです。

台湾で得た学びを活かし、“みんなで”ひとつになる喜びをもっと

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前章までは、台湾から日本へと帰国するにあたってのお話でしたが、ここからは現在の私についてです。当初は事業に携わりながら、アカツキの人事としての活動もする予定でしたが、コロナ禍でその計画を見直し、現在私はアカツキの人事として働いています。思いがあっての「事業」と「人事」という二軸の働き方でしたが、今はこの社会情勢の変化に合わせて、台湾で得た知見を還元しながら、日本でいつか大きなジャンプができるよう、目の前のミッションに向き合っています。
私は元々シングルプレイヤーでしたが、台湾でチームを持つことの幸せを知りました。私にとっての仕事の原動力は「人」なんだなぁと。一緒に泣いたり笑ったりしてきて、メンバーの喜びが私の喜びでもあるということを教わりました。台湾を離れる時にみんながくれたたくさんの手紙は、一生の宝物。物理的には離れてしまったけれど、ずっとアカツキ台湾のことを見守っていきたい。だから「関わり方は変わっても、これからもよろしくね!」と思っています。
非常に厳しい情勢ではありますが、いつアクセルを踏むタイミングが来てもいいように、今を楽しみながら攻めの姿勢は忘れずに仕事をしていきます。

【橋本 佳奈 プロフィール】
Kana Hashimoto   元 Akatsuki Taiwan Chief Heart Officer
2014年アカツキ入社。台湾アカツキにて、採用プロジェクトリーダーとして台湾内外での採用を担当。同時に福利厚生制度の企画・運営も担う。2017年より人事企画室および広報のGMを兼任。社内横断文化プロジェクトの立ち上げにも寄与。2019年、アカツキ台湾CHOに就任。2020年日本へ帰国。

写真:磯野 司   文:宮後 佳世  編集:坂井 朋子



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